痴ほう性老人というように,痴ほうということばに老人という文字がつけば,これは社会的な問題,あるいは経済的な問題, もっとつきすすんでいけば,人間的な問題ということになります.ただ「痴ほう」ということは,まず医学的な問題です.その点が今日の痴ほう性老人問題を議論する場合にいちばん欠け ている視点です.痴ほうという問題を考える場合になぜか最初に出てくるのが,「痴ほうはだれでもなるし,年をとればぼけてくる,もうろくする.これはいつかくる道であるからしよう がない.だから痴ほうになったら,家庭で暖かくみてあげるのがいちばんである.それからあとは,どうしても面倒がみきれなくなったら,それ専用の施設をつくってそこへ収容すればよ い」という話です.「収容」という,臭いものにフタをするといった,そういうことにすぐいってしまいます.

■病気を知ることが対策の第一歩
ですから,介護する家族にいちばん最初にあたまに入れてもらいたいことは,痴ほうは病気であり,痴ほう性老人対策,介護のまず第一歩は,医学的な対応からはじまらなければならな いということです.痴ほうをもった家族にとって最もたいせつなことは,痴ほうという病気に対して十分な医学的知識をもち, その行動や症状を理解し,自らがとるべき対応や行動を考えることが必要であるということです.のちに示す痴ほう性老人の看護.介護の心構えの原則は,あくまでも原則であって,痴ほ うに対する正確な理解があってこそはじめて実行できることなのです.

私が多くの痴ほう患者に接してみて強く感じることは,家族に対しては,はっきりこうあらねばならぬと断言できる勇気をもてないということです.痴ほうの家族には個々の家庭で長い生活史があり,かつ患者さんへの思い入れ,許容度等々もおのおのちがっています.したがって本章では,家族のとるべき対応.行動について,こうしたらどうでしようか,こうしたらよ いこともありました,といった対策を述べるにとどめたいと思います.痴ほうは奥が深く,安易なハウツウや精神主義のみで 乗りきれるものではありません.家族は痴ほうに対する知識と 理解を十分深めたうえで,それぞれの家庭のなかで「習うより 慣れろ」で対応し,行動していただきたいと思います.それが なければ,いくら善意から発した対策.介護でも,けっきょくは本人のためにならないこともあるわけです.

一例をあげれば,痴ほうに見えて痴ほうでないものもあります.これは偽痴ほうといいますが,老人のうつ病です.この場合,素人がみると,ぼけたとしか思えません.そこでそういっ た患者さんが,ぼけたといって十分な診断や治療もされず,介護のみを受けるとすれば,これはいくら善意から発した介護で あっても,本人にとっては悲劇です.極端ないい方ですが,こういったケースもまれではないように思います.

 
 

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